精神の糧としての音楽

  

 精神の高さ

 「精神の高さ」を感じさせる曲、たとえば、バッハの「G線上のアリア」として有名な管弦楽組曲第3番のアリアをとりあげてみます。最初の数秒で、「精神の高さ」が伝わってきます。
 この曲をジャズ風にアレンジすると、「精神の高さ」は大いに損なわれる。そういう意味としての「精神の高さ」について、書きたいと思います。
(音楽としてのジャズは「精神の高さ」なんて言うのは目指してなくて、むしろそういうものは「野暮」だと思っている、と推測しています)
 世の中には「G線上のアリア」もジャズも好きな人もいますし、両方とも好きではない、と言う人もいるでしょう。ぼくの場合は、ずっと音楽をつくってきた結果、好みが狭まっていき、精神の高さを感じさせてくれる音楽だけに興を感じるようになりました。
 前記のアリア以外の「精神の高さ」を感じさせる曲としては、ヴィヴァルディの四季(op.8より)、バッハではゴールドベルク変奏曲、無伴奏バイオリンのシャコンヌ、ベートーヴェンピアノソナタ熱情、ショパンの英雄ポロネーズなど、いわゆる「クラシック・ベスト百選」のようなCDシリーズ(今でこそ youtube によって存在価値がうすくなっていますが)に採用されている曲に、精神の高さを持つ曲が多い (できのわるい演奏家によって、「精神の高さ」が半減して聞こえることもありますが)

 二十代、音楽修業時代のぼくは、
 「このまま勉強を続けていくと最終的には、造形美に於いてすぐれている曲がもっとも価値が高いと思うようになるだろう」と漠然と思っていました。精神性や感情のような夾雑物のすくない、造形美、たとえばバッハの「フーガの技法」のような音楽、「クラシック・ベスト百選」には選ばれそうにない音楽。ところが、気がついてみると、造形美よりも「クラシック・ベスト百選」的な音楽をめざしていました。
 それらの曲に備わった精神のほうに興味が移っていました。もちろん、精神の高さをもった音楽は、造形美においても充分な価値を持っていますが、そこに、もうひとつ何かが加わっている。※

 その「何か」ぼくのことばで言えば、精神の高さによって、心が揺さぶられます。それに反して、造形美は「なるほど、うまくできている」と頭に働きかけます。芸術というのは、心にうったえかけて来るもので、作者の演奏家の精神の高さによって、生み出される。
 ※ ミューズが微笑みを与えた音楽は、このあたりのことを指しています。



August 24, 2026
 
 
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森 孝雄のアレンジ/Published sheet music


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